あなたのウィスキー

 6月も下旬に入りましたが、あまり梅雨らしい天候ではなく、降らない日はまるで夏のようです。

 家の中のモノは少しずつ減っています。モノ減らしと遺品整理を兼ねての作業中、手を止めていることがあります。出てきたモノを眺めたり読んだり、手を休めてしまうのです。急くことではないのですから、そんなときは、存分に思い出に浸り、感慨深く手にとって眺めることにしています。片付けというのは目につく所ばかりではなく、引出しの中の小さなモノや、衣裳ケースの中のシャツ一枚に対しても決断を下すことなのです。処分するのを即断できるモノの方が少なく、“いったん保留”グループに仕分けをしてしまうこともよくあります。

 あなたの部屋の片付けは一進一退です。片付いたと思えばHの荷物置場になったり、仮の置場所として私もあれこれ運び入れてしまいます。亡くなった家族の部屋をそのままにしているとか、毎日お花やお供え物を飾っている人びとをテレビなどで見ますが、そのままにしていたら大変でした。あまりに雑然としていたので、警察の方が泥棒に入られたのではと考えてしまったほどでした。あなたも逝く前の2年ほどは、うつ状態だったのか、まったく片付けない人になっていましたね。二人とも片付けられなかったあの二年は、生涯で最も家の中が荒んでいました。あれからは随分スッキリしましたよ。あなたの部屋も時間をかけて、きれいにしてあげますからご心配なく。

 ところで、あなたは嘘つきの名人ですが、逝ってしまってからもいくつも嘘がバレました。あなたは不倫や借金の悪事が発覚して後、酒もタバコもやめると自分で決めました。頑固で意地っ張りですが、あなたは欲望に対しては極めて弱かったので、どうせ言っているだけだと感知しませんでした。外ではどうだかと私が言うと、飲んでいないし喫っていないと答えました。過去にも何度も自分で決めては崩していたので、その言葉も信じてはいませんでした。しかし会話もほとんどなかったので、それ以上たしかめる術もなく、真相は謎のままでした。お酒やタバコをやめるより、私は浪費だけやめてくれればいいのにと思っていました。

 あなたの死後、主のいない部屋に置きっ放しにするのは良くないと思われるモノを階下に移動させました。虫がつきやすいウールの衣類、カメラなどです。整理箪笥の上のお酒もです。一階の和室には、ワインラックにボトルが10本入っていて、自室にも置いていたのだと分かりました。お酒をやめている筈のあなたがです。こんなところにもワインかと思って階下へ持って降りました。箱に入ったものやら瓶のもの、円筒形の紙の器に入った謎のものもありました。それはウィスキーだったのです。

 それらは居間のサイドボードの中ではなく、入る場所がないので上に置いていました。そんなところに置いておくと、地震がきたときに落ちてきて危ないと思っていましたが、なんとなくそこに置いたまま2年以上が過ぎました。私は飲まないので、法事のときに私の兄や義兄に持って帰ってと言ってみましたが、なぜか彼らは持っていってくれませんでした。

 それらの存在が私の中でクローズアップされたのは元はと言えば本からです。遺品整理は衣類から始めたのですが、ほぼ終わりました。あとはスーツや喪服、たくさんのネクタイをどうするかです。衣類が一段落したので本棚を見る余裕ができた私は、あなたの並べている本を一冊ずつ手にとってみました。ほんとうにあなたは村上春樹が好きだったのですね。たくさんあります。私も好きですが、難解なものは全く分からないものがありますから、あなたほどには読んでいません。

 それらのうちの一冊に「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」というのがありました。アイルランドやスコットランドの写真も多く載っている四六版の本です。私はイギリス旅行ではイングランドしか旅をせず、スコットランドやアイルランドもいつか訪ねたいと思っているので興味深く、まず写真に魅せられました。文の方も小説とは違って平易な文章で書かれてあり、洋酒のことを何も知らない私でも楽しく読めました。

 それはともかく、これであなたが断酒をしていなかったことが発覚してしまいました。寝る前に、冷たい麦茶とガチガチに氷を入れて水を注いだ保冷ボトルを用意して自室へ行く理由はこれだったのですね。あんなことを言うのだから本当にお酒をやめたのかと少し考え、それなら疑うのは申し訳ないと思っていたのですが、これで真実が判明しました。あなたは夜ごと寝る前にスコットランドかアイルランドのウィスキーを楽しんでいたのですね。私はテンネンらしいのですが、あなたはそのお陰でずいぶん嘘がつけました。酒をやめたとは、Sake(Japanese Sake=日本酒)をやめたということだったのですね。

 JAMESON,MACALLAN,BOWMORE,LAPHROAIG。これらのウィスキーを前にして考えました。全部飲んでやる。私は洋酒党ではありませんが、あなたがそれほど美味しいと思って飲んだものですから、美味しいに違いありません。ハマってしまえば、村上春樹のようにアイルランドやスコットランドまで行って、本場の味を味わいたいと思うかもしれません。あなたに教えてもらったギネスビールだって飲みたいですしね。そのときは大いに自慢させてもらいます。

 それにつけてもあなたを一度も外国へ連れていってあげなかったことが心残りです。あなたは最後までdomesticな人でした。小説「明け方のウィスキー」を頑張ります。応援してください。

6月21日

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