鬱かな

 元気ですか。私はあまり元気ではありません。また死にたくなってきています。
 目が覚めたときは最悪です。また苦しみが始まると思うと、まだ生きていることを憎みます。これは二年前、あなたが信じがたい事実を私に与えたあとに始まった“うつ症状”と似ています。同じです。布団から出られず、絶望的な気持ちで暗闇にいるのです。
 秋日和で台所の窓からは太陽が射し込んでいることはわかるのに、寝ている和室も居間もDKの雨戸も開ける気がしないのです。だから流しの前の窓からだけ、その日の天気がわかります。私は天気のよい日が駄目のようです。交感神経が刺激されると、よけいつらくなるみたいです。雨だとホッとして起きてきます。静かだし、私の心情を自然が受け容れてくれるようで楽なのです。
 すこしは前向きな気持になれている日と、全くそうでもない日があります。一日のうちでも気持の変化が激しいです。こんなことを繰り返しながら、いつか何でもなくなるのでしょうか。今の状態からは、平気で居られる明るい自分など想像ができません。やっとあなたが与えた「うつ」が良くなり、毎日を穏やかに過しはじめたところ、またあなたは修復不可能かもしれない大きなダメージを与えました。私はどうすればいいのでしょう。
 私は懐しい人びとや親切にしてくださる人びとにも背を向けてしまいました。私はとてもいじけたひねくれ者になっています。それらの人びとのお気持は嬉しいのですが、わかるはずがないと思ってしまうのです。それから、情けないところを見せたくないとも思うのです。喪中ハガキが届いて驚かれ、連絡をとってくださった人びとにも申し訳ないことをしました。けれど貫かせてください。私は人前で崩れたくないのです。あなたならわかってくれますね。痩せ我慢ばかりする者同士でしたから。
 あなたの携帯を解約する前に、死後はじめて送信してみました。
「お元気ですか。寒くなりましたね。Ryoより」
もちろん返事はかえってきませんでした。そして今日、また送ってみました。
「元気ですか、俺?」やっぱり返事はありません。私の携帯には送信したと出るのに、あなたの携帯は、もう受信できません。居ないんだ。あたりまえのことに涙がこぼれそうになりました。
 きのう本を読んでいたら、永六輔さんは最愛の奥さんを亡くされたあと、ここ何年間か今でも旅先から家に絵ハガキを送るのだと書いてありました。電話もかけるそうです。「出たら怖いけどね」と言いながら。でも、その気持はとてもよくわかります。私がこうしてあなたに向けて書いているのも似たようなことです。
 人はなぜ、生きなければならないのでしょうか。若い人たちを育ててきた私が、今こんな基本的な質問に答が見つかりません。人生を謳歌してください。前向きになり生きる喜びを見つけてください。そんな言葉を与えられても空廻りしています。人の前では「そうですね、そうします」と言っている自分の心の内が正反対であるのを隠し、自死はなぜいけないかと答を探しています。
 松井須磨子も江藤淳も、その方法しかなかったのだと思います。私にもそれしかないのではないかと考えたりします。あなたはどう思いますか。それでも生きろと言うのですか。答えて下さい。こんなことは誰にも訊くことができません。あなたにしか話せません。
 とりあえず「透けてゆく人」をがんばります。あれを書くのに熱中していた頃、朝になってもまだ書いている私に向かって「もう寝ろよ」とたしなめて、あなたは会社へ行きました。あの頃が懐しいです。あなたの姿は鮮かです。
12月11日

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