懐かしい扇風機

 厳しかった今年の暑さは、彼岸の中日を前にやっと和らぎました。今日は結婚記念日ですね。あの日も暑かったです。

 先日、あなたが愛用した扇風機が引き取られていきました。学生時代からずっとあった、緑の羽根の懐かしい扇風機です。あれは五条の下宿でも、伏見稲荷のアパートでも、夏には大活躍でした。新型のものが次々に出ても、新婚家庭で依然、働いてくれましたね。ソケットの部分が駄目になると、そこだけ付け替えて修理をして使い続けました。けれどもマンションを買って入居したとき、リビングをお洒落な感じにしたかったあなたは、この扇風機では部屋に合わないと言って、使わなくなってしまいました。代りに、はやりの背が高いスマートな扇風機が居すわり、緑の羽根の扇風機は引退を余儀なくされ、クロゼットの奥で過すことになりました。

 今の家に越してから、部屋数がふえたからか、ふたたび緑の羽根君が活躍しました。一階の居間では微風が選べるスマート君が居すわり、あなたは自室で往年の友の世話になりました。どんな物でも仕舞うときには分解してきれいにするあなたは、型は古いけれど少しも見劣りのしない緑の羽根君に、もう一度お世話になることになったのでした。尤も、エアコン大好き人間のあなたは、リモコンに手がすぐに伸び、緑の羽根君はそれほど活躍できなかったようです。それでも毎年きれいにしては仕舞い、また夏に出してくるといったことをくり返しました。しかしそのうち、音が大きいなど言って、いつのまにかもう一台のスマートな扇風機が加わり、緑の羽根君は完全に引退となりました。

 先頃、SANYOの扇風機から出火し、老夫婦が亡くなるという事故が起きました。SANYOはメディアを通じて古い扇風機の使用禁止を呼びかけ、回収を始めました。もしやあの扇風機も…… と思いました。さっそくインターネットで調べてみると、使用禁止及び回収対象機種の中に、緑の羽根君の製品記号が見つかりました。やっぱり…… と思ったのですが、それほど落胆はしませんでした。なぜなら私はあなたの他界後、モノ減らしに奮闘しているからです。ここ何年かクロゼットで袋をかぶったままだった緑の羽根君は、活躍の場を完全に失っており、申し訳ない言い方ですが、嵩ばっていたからです。けれども燃えないゴミの日に出すのは忍びなく、ずっとクロゼットの住人になっていたのです。

 私はSANYOに電話をし、迷わず回収を依頼しました。電話口で係の女性は丁重に謝ってくださいましたが、緑の羽根君が火を吹くなんてとても思えず、いえいえ、よく働いてくれましたと答えました。混んでいるので9月12日にということでした。あと二週間ほど緑の羽根君と一緒に居られると思いました。それから私は写真を撮ったり、きれいな上にまた磨いたりし、緑の羽根君と話しました。だって私たちが学生だった頃からずっとそばに居たのです。積もる話や思い出は山ほどありました。あなたがヘルメットをかぶっていた頃のことも、私が演劇研究生だった頃のことも、子どもが生まれて若い親になった頃のことも、その子どもたちが大きくなる様子も、もちろんダッコのことも、緑の羽根君はよく知っているのです。

 回収の前日、少し寂しくなりました。いよいよだなと思いました。長く使ったものを処分するときはいつも寂しくなりますが、緑の羽根君はあなたが愛用したものなので、よけいにそう思ったのでしょう。深夜、お仏壇の前に緑の羽根君を鎮座させ、般若心経をあげました。緑の羽根君はべつに死んでもないのにお経をあげられて、驚きもし、迷惑だったに違いありません。しかしながら、私は心をこめてお礼とお別れをしたのでした。当日、指定の時間に堺から係の人が来ました。あなたが長い間、大切に使っていたことを話してみましたが、彼は事務的に返事をし、製品番号を確めました。あの扇風機は1971年製だったようです。回収の人はそれから書類を出し、印鑑を求めました。お詫びにと千円分のquoカードを差し出し、とうとう緑の羽根君を連れ去ってしまいました。

 緑の羽根君は、その後どうなったのでしょう。たくさんの仲間と再会し、旧交を温めていることでしょう。あなたに長い間、大切にしてもらって幸せな一生でした。うちの電気製品や、その他もろもろの物は皆、大事にされて長寿です。それは私もあなたも、モノを大切にするという人間だからでしょう。大切にしすぎるあまり、どちらもモノが緑の羽根君捨てられない人でもあります。モノにも命がある。私はそう思うのです。だから大切に使い、終わりには感謝の気持ちを言葉に出して伝えたいのです。

 ところで、あなたと私でふやしてしまったモノを、私が一人で減らすことになったのは、とっても不公平です。けれども頑張ります。今の私に必要なモノを優先し、家の中にあるモノも、物置にあるモノも、懐かしくても少しずつ処分していきます。ずいぶん働いて天寿をまっとうした緑の扇風機君がそちらに行けば、また使ってあげてください。


9月22日
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