三回忌

 あなたが逝って今日で丸二年になりました。二年なのに三回忌と呼ぶのは何故でしょうね。
 去年は一周忌の頃に、ひどく私は落ち込みました。そのあとすぐの初盆にも心が沈みましたが、今年はそれほどでもありません。少しずつでも前向きになっているということなのでしょう。三回忌の法要は、無事に終えることができました。私は痩せたとか疲れているようだと言われましたが、訪れた皆さんも暑さのせいか疲れて見えました。年々、みんな老けてくるものですね。
 骨折のため去年は来ることが出来なかったお義母様も、今年は来られました。あなたの入った箱を膝へ置いてさしあげると、喜んでおられました。庭をたいそう喜ばれ、夕方でまだ暑さが残っているにもかかわらず、ここは涼しいと、お義姉様とともにずいぶん長い時間をガーデンテーブルで過されました。そしてシソの株を三つ持ち帰られました。去年のは枯れてしまったのだそうです。今年のが元気に育つといいですね。
 シソの株のことですが、梅雨の前に毎年のように種も蒔かないのに庭のあちこちに芽を出しました。間引くばかりでは惜しいので、15pくらいに成長したものをビニールポットに移し替え、ご自由にお持ち帰り下さいと書いて家の前に置きました。すると少しずつ減り、持って帰って植えて下さった方々が大勢いました。堺の老人会の畑にも植えられ、全部で60株以上がどこかで育てられています。嬉しいことですね。これから毎年このようにします。
「天罰」はやっと完成し、六月に投稿しました。一次選考通過できれば嬉しいです。小説を書いている間、何度も音で伝えてきて応援してくれてありがとう。あなたが都合の悪いことを書いている時は静かでしたが、恋しい想いを綴っている時は、頻繁に音をさせましたね。物語の終わりの部分では緊張しましたが、入り込むことができたので、一応は成功かなと思っています。結果が出るのは秋です。
 三回忌の法要に来て下さったお坊様は明るい方で、いろいろなお話をして下さいました。生きている者は明るく楽しく生きなければなりませんと言われましたが、そうだなあと思えるほどに私は立ち直ってきています。だから安心して下さい。「天罰」を脱稿し、すぐにも次の何かを書きたいと思ったのですが、法事のために家を片付けなければならず、七月は何も書けませんでした。
 2002年夏の“手紙事件”以降、家の中は荒みきっていました。うつ病の時は全く片付けられず、2004年にあなたが逝ってからもさらに片付けられず、本当にひどい状態でした。しかし、家で法事をするには一階だけでも片付けなければなりません。相変らずモノの大移動をさせることに疲れ果て、モノを減らそうと真剣に考えました。こんなことを考えられるようになったのは、私がトンネルから抜け出た証拠かもしれません。このサイトを訪れて下さってメールをやりとりしているY子さんも、明るくなって来られました。亡くなって二年の三回忌というのは、ひとつの節目なのでしょう。
 近頃は暑いので、あなたの部屋の窓も開け放って風を通していますが、まだあなたの香りが部屋には残っています。もうすぐ遺品の整理が始められそうな気がしています。色即是空、モノはあって無いのです。何も無くても魂だけは滅ぶことなく存在し、それだけがあれば何も必要ないように思えて来ました。ですから単に整理するのではなく、処分もしようと思います。
 二年前の今日のことは思い出すのも辛いですが、人や仏や神に助けられながら、私は少しずつ前へ進んでいることを実感しています。あなたのことは運命であったと思えるほどに悲しみを克服することも出来ました。これは試練。そう思って耐えた二年が過ぎました。来年の今頃は、もっと生活を楽しむ私になっていればいいなと思います。その方が、あなたも安心することでしょう。
「愛別離苦」のサイトはYahoo!での検索で常に一位に居ます。アクセス数とは関係なく評価されているようですね。ですから詩を本にすることにしました。楽しみにしていて下さい。

2006年8月3日

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