桜の悔い

 桜が咲きました。きのうの風雨に耐えた桜が今日もまだ美しいです。しかし桜の花が美しいと感嘆するのは人間ばかり、当の桜は若葉を出す準備に忙しいのですね。
 去年の春はごめんなさい。あなたがスーパーYの裏手にある枝垂れ桜がすばらしいから見てくるといいよと言ったとき、私は怒ってしまいました。なぜ私の言うことには少しも耳を傾けず、全く興味を示さないのに、あなたはどうして自分の言いたいことだけ伝えようとするのかと突っかかりました。それっきりあなたは何も言わずに二階へ上がってしまいました。

 後日、私はその桜を見に行きました。みごとな桜でした。雑誌で見る全国にある名木と言われる桜のように、その木は囲いの中で美しく咲いていました。ほんとうにきれいな桜でした。なぜあんなことで私は怒ってしまったのでしょう。でも、もしあの時、「みごとな桜があるから見に行こう」とあなたが言っていたならば、私は怒ったりしなかったのだと思います。私はあなたから近づいてくれるのを、いつもいつも待っていました。それなのに、あなたは一人で山へ行ったり歩いたりと、少しも私を誘ってくれませんでした。
 誘える雰囲気ではなかったぞという声が聞こえてきそうです。そうでしょうね。たしかにそう見えていたかもしれません。けれどもあなたが一番よく知っているじゃありませんか。私がつんけんした態度をとるのは、甘えたいのに甘えられない、望んでいるのに伝えられないという時だということを。私はいつも待っていました。どこかへ行こうとか食事に行こうというあなたの言葉を待っていました。

 私たちは愚かでしたね。求めあっているのに伝え合うことができなかった。望んでいるのに素直に表現できなかった。どちらも可愛くない性格ですから、そういうことがうまくできませんでした。悲しいですね。もっと素直に伝え合えたら良かったです。私にはあなたしか、あなたには私しか頼れる人はいなかったというのにね。
 それでも桜には忘れられない嬉しかった思い出もあります。覚えていますか。夜桜を見に行こうと出かけましたが、せっかくのみごとな花が暗くてよく見えませんでした。あなたは車に戻り、桜の木のそばに停めました。何をするのかと見ていたら、車のライトで桜の花を照らしたのです。私のために一生懸命ライトを花にあててくれるあなたの気持ちが嬉しくて、あの時ちょっと惚れ直してしまいました。

 今年は桜を見るのが悲しくて、どこにも行きませんでした。ウォーキングの時に近くの公園、スーパーY、自治会館、幼稚園などの桜を見ていただけです。去年は随想に「葉桜」という文をupしてくれてありがとう。もう一度あなたと桜が見たかったです。去年のこと、ほんとうにごめんなさい。あの桜の木は今年は見に行くことができません。

2005年4月11日

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