Sad Valentine

 今日はバレンタインデーです。
 この文のタイトルから人びとは、チョコレートを贈る相手がいなくなって悲しいバレンタインだと理解されることでしょう。違いますよね。この“sad”の意味は、あなたが一番よく知っているでしょ。
 当時はこの日に世間が今ほど大騒ぎをするわけではありませんでした。若い女性たちが恋人に、自分から愛を告白してもいい日としてチョコレートをあげるのでした。現在は男性という男性にチョコレートが行き渡り、チョコレートメーカーは経済の冷えるこの時期ほくほく顔でしょう。
 あなたと付きあいはじめて半年ほどになる2月14日、私は朝からなんとなくウキウキしていました。なぜなら私は19才でしたから、普通の女のコがするようなことをするつもりでいたのです。アルバイトを終え、チョコレートではなく小さなケーキを買いました。小さな花束も買いました。英語圏の国々ではチョコレートにこだわらず、性別も関係もこだわらずに小さな贈り物を交換しあうという習慣があると知っていたからです。あなたはチョコよりもケーキが好きだということも知っていたからです。それらはアルバイトの収入で得たお金で買いました。包装してもらう間にもあなたの喜ぶ顔が浮かび心がはやりました。
 待ち合わせは今出川通りにあった“モンシェリー”という小さな喫茶店でした。ビルの2階にあり、学校からすぐ近いのでよく利用していましたね。店はやさしそうなお姉さんが一人でやっていました。私たちのことをすっかり覚えてくれ、いつも愛想よく迎えてくれましたね。
 あなたは先に着いていて、隅っこの席でムズカシそうな顔でタバコを吸い、難しそうな本を読んでいました。「ごめんね」と言って前に座ると「あぁ」と言って本を閉じました。なんとなく不機嫌そうなあなたに私は気を使い、それとなく話しかけてケーキや花を渡すタイミングを待っていました。
 あなたの不機嫌の理由が分からず、ケーキや花を渡せば機嫌がよくなるかと思い、ゴソゴソと取り出しました。「これ」と言って照れながら差し出すと、信じられない反応をあなたがしました。それらを見るなりもっと不機嫌になり、「なにそれ。うれしそうに」と吐き捨てるように言い、横を向いて煙を吐いたのです。
 私は目のまえがまっ暗になるようでした。予想もしていない言葉や態度に、その場を立ち去りたくなりました。「なぜ…」ということしか考える余裕がなく、泣きたくなりました。それでも食べれば機嫌がよくなるかと思い、「ここで食べたら」と促しました。ほかに客もおらず、モンシェリーのお姉さんは許してくれるにきまっていたからです。

 案の定あなたは「こんな所でか」と言いました。「じゃ、もういい」と箱をしまおうとすると、「いいよ、いいよ。食べるよ、食べたらええんやろ」ともっと不機嫌な顔になりました。とにかく食べてくれるんだと思って私は少し明るい気持になり、お姉さんにフォークを借りて許しを得ました。箱の蓋を開けてあなたの前に置いてあげました。おいしそうなケーキでした。そのケーキをあなたはさらに不機嫌に、たった二口ほどでムシャクシャと険しい顔で食べてしまいました。
「この人が嫌いだ」と思いました。私の気持ちなんか少しも理解しないのだと。
 私はあふれそうな涙を我慢していました。こんな人と別れよう。そう思いました お金を払い、店を出ました。悪かったよと言いながら、あとをあなたはついてきました。そして謝るのもそこそこにいかがわしい所へ行こうと誘いました。さっきの不機嫌とは打って変わった笑顔になって。あなたはただ、そんなことしか考えていなかったのですね。それを望むなら望むで持って行き方というものがあるでしょ。わからない人ですね。

 私はあなたがそれほど好きだというわけではなかったのですよ。ただ、先輩ですから逆らわずにいただけです。わがまま、自分勝手、ワンマン。気に入らないことはすぐに顔や態度に出して不機嫌になるというどうしようもない性格の人だなと思っていました。34年間で何度も別れたいと思いましたが、最初に思ったのは、あのバレンタインデーの日でした。あなたの自分勝手さは生涯改まりませんでしたよ。
 あれからあなたに一度もケーキはおろか、チョコレートを贈ったことがありません。そのかわり、女性の多い職場にいたあなたはたくさんのチョコを持ち帰り、娘たちと私は毎年おいしくいただいていましたね。ごちそうさまでした。そして今、私が女性からチョコレートをいただく立場になっています。
 人生って不思議です。あの時のあなたも相当のつまらない男でしたが、あれ以来バレンタインに何も贈らない私という「女」もどうしようもない頑固者ですね。まだネにもっていたのでしょうか。私たちは「われ鍋にとじ蓋」といったところでしょうか。もう許してあげていたのだけれど、いつのまにか私はもらう立場になっていたので、「あげる」という発想がなかったのです。おあいにくさまでした。(笑)でもここ2〜3年ほどは、「今年こそはあげてみようかな」とも思っていたのです。それもできなくなってしまって残念です。やっぱりsadな日ということになりますね。

 Sad Valentineと題を書いて、EAGLESの“the Sad Cafe”を思い出しました。あなたはあの曲が好きでしたね。ところで岸和田のSAD CAFEには、どなたと行ったことがあるのかついに聞きそびれてしまいましたよ。これも残念です。(笑) 私も一度くらいは飲みに連れていってほしかったです。
 心身ともにすぐれません。ずっとこもりきりです。
「透けてゆく人」は残りあと3回です。とりあえず、これを完結させるまで頑張ります。

2005年2月14日



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