「おせち」のないお正月

 年の瀬も静かでしたが、年が明けても静かです。年末に風邪をひいてしまったために、ほんとうに何も料理ができませんでした。でもお雑煮と煮しめを少しだけつくりました。
 あなたの餅好きは尋常ではありませんでした。お雑煮の一杯目は三個のお餅、お替りは二個。合計五個食べました。それでも不服そうにもっと食べたいような顔をしていましたね。お雑煮だけではなく、おせち料理も充分につくりましたから、それらも存分に食べ、五個の餅は明らかに多すぎでした。しかし私は許していました。お正月に限らず、あなたは年じゅう、いつもいつも食べ過ぎていました。それを許していたのは、足りないと不機嫌になり、量にも味にも満足すると、あなたは実に幸せそうに機嫌が良かったからです。今頃になって食べさせ過ぎたことを後悔しても遅いですが、ひどく悔やんでいます。
 おせち料理といっても私とあなたは好みが違っていました。私は伝統のおせち料理が好きですが、あなたは煮しめやキンピラ、黒豆などよりも、肉を使ったものを好んで食べました。インゲンや人参を芯にして巻き、オーブンで焼いた“とり肉ロール”ごぼうを芯にして牛肉を巻いた“牛肉の八幡巻き”“とりミンチの松風焼”“とり肉の南蛮漬”“ミートローフ”などの肉料理ばかりに箸が向きました。それから痛風に良くない“数の子”には目がなかったですね。お客さんを差しおいて、祝鯛も食べはじめると止まりませんでしたね。

 あなたほど食べることを愉しんだ人もそう多くはないでしょう。私だけがそう思うのではなく、弔問に訪れてくださった会社の皆さんも、メールをくださった皆さんも、あなたの“美食家”ぶり、“健啖家(けんたんか)”ぶりについて語られました。「俺は何でも食うし、文句も云わない。俺ほどやりやすい亭主はいない」とのたまうあなたは皆が認める“食にうるさい人”だったのですね。たしかに「まずい」とも「足りない」とも家では口に出しませんでしたが、満足しないと無言の不機嫌でアピールするあなたは“食べものにうるさい亭主”だったのですよ。今からでもそれを認めて下さい。あなたと長年暮らしたおかげで私は料理の腕を随分あげたと思います。
 つくったものを面白いように食べ尽くしてくれるあなたという人は、つくる側としては嬉しいことでした。太めの躯は昔からですから見なれていましたし、別の文でも書きましたが、「あぁ、幸せ」の声を聞くのは好きでしたから、私は30年間ほとんど休むことなく料理をつくり続けてきたように思います。折り紙つきの美食家で大食漢のあなたに、「おまえはホントに料理がうまい」と誉められたことは光栄というほかありません。
 しかしやはり後悔します。年に一度の検診では、高血圧もですが毎年のように肥満と高脂肪を指摘されています。お酒、タバコをやめること、食事の量を減らし、特に肉類を避けるようにとありました。私はふだんは煮魚や焼魚に煮物やおひたし、それから味噌汁といった夕食ばかりを食べさせていましたのに、なぜあなたが痩せてくれないのか不思議でした。外では好きなものを、皆さんとたらふく食べていたのですね。やっぱりそうでしたか。怪しまれないように、帰宅してから私が作った夕食も食べていたのでは、あきらかに食べすぎです。そうして心臓の血管内にも次第にコレステロールが溜まってしまっていたのでしょう。

 あなたは食に関して健康指向や自然派指向は皆無、ついでにエコ感覚も皆無でした。可哀そうだと思っても、私がもっと少食でヘルシーを無理強いすればよかったと反省しています。でもきっと、私が目を光らせても外で食べつづけていただろうあなたという人は、高脂肪から解放されることがなかったでしょう。近頃では体格のいい方をお見かけすると、「お気をつけくださいね」と心で思うようになってしまいましたよ。
 お正月には気持ちいいほどお重をカラにしてくれてありがとう。今年はお雑煮だけでごめんなさい。百個でも千個でも、気のすむだけお餅を食べさせてあげましょう。あなたは肥満からも高脂肪からも、やっと解放されたのですからね。

2005年1月2日


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