去年の水無月

 六月も下旬になりました。庭のガクアジサイが水色になってきれいです。別名を七変化というだけあって、天気によって色が異なります。
 ところで、アジサイの花とは云いますが、花だと思われているところは、ほんとうは花ではないそうです。ガクアジサイのきれいに咲いている部分は装飾花というらしく、まだ咲いていないように見える真ン中の小さなツボミみたいなところが花なのだそうです。丸く咲くアジサイも、花に見えているところは装飾花で、見えない中の方に地味な花があるのです。それはとても花に見えません。なぜ装飾花があるのかというと、虫たちに受粉をしてもらうためなのだそうです。体調が悪い時に観ていたテレビで知りました。あなたが高校生の時、近所に住む年上の女性に憧れた話を聞きました。アジサイのような人だと云っていました。どんなステキな女性だったのでしょうか。
 去年の六月のことを覚えていますか。家の塗装や補修をし、門扉や石段をきれいにしました。老朽化が激しいため、天井の一部に雨のシミができてしまったのでしたね。梅雨のまとまった雨の前に工事をしてもらった方がいいだろうと判断し、六月初旬に施工に入ってもらいました。その前にあなたはF住設工事の社長と何度も話し合い、納得できる回答が得られるまで質問をしていましたね。そして工事が始まり、陸屋根や外壁や玄関がきれいになるにつれ、あなたはとても喜びました。廊下の天井のクロス張り替えを終え、六月末に工事は完成したのでした。
 見ちがえるほど綺麗になった我が家に、あなたは満足していました。ガレージも真っ白に塗り替えられると、波板の屋根から落ちてくる水が撥ねているのが以前よりも気になったのか、あなたは四角い茶色のパイプと蛇腹になったパイプを買ってきて、まるで職人さんがしたように、上手に直してくれました。
「ホラ、直ったやろ。こんなん売ってるところ見つけたから」
そう云ってあなたは得意げに私に云いました。
「ほんとや」とだけ私は云いました。
 その後、一ヶ月少々であなたは私の前から永久に居なくなってしまいました。あの茶色い雨樋を見るたびにつらくなるのです。手先が器用で、何でもとっても上手に家のことをしてくれたのに、私はあなたを誉めるのが下手でした。あなたはもっと誉めて欲しかったのでしょう。ここ二年ほどはうまくいっていなかったため、何をしてもらっても、もっと言葉をかけずにいたことを今ごろ後悔しています。雨が降るたび茶色い雨樋を雨水が流れます。ごめんねと云って雨樋に触ります。
 うれしいのですか。今、また音がしましたよ。さっきは天井、そして今は階段。あなたのことを小説に書いている時はカッコわるいのか申し訳ないのか何の音もしませんが、あなたへの文を書いている時に音をさせて伝えてくるのは、きっとうれしいからですね。
「水無月の会」の例会がありました。とっても楽しかったです。あなたを奪われた私には、いろいろな人が与えられ、助けてくださいます。ですからあまり心配しないでください。
 雨が降っています。六月の終わりに思い出すことがあります。25年前の6月30日、私はアメリカへ飛び立ちました。関西空港はまだ無かったから、成田へ行くために伊丹まで幼いKとあなたは見送りに来てくれました。それも忘れられない梅雨の思い出です。
 夜明けの雨です。今日はなぜか、あなたが居ないことが嘘のように思えます。

2005年6月23日


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