今年もあの歌を

 矢のような速さで時が経つのを感じます。五月も下旬となりました。ひと月ぶりに書きます。報告することがいくつかあります。
 四月から五月初めの連休には、K夫婦とHとで楽しく食事をしました。料理をたくさんの量つくるのは楽しいことです。張り切ってつくりました。あなたの居ない家の中でも、私たちは明るい笑顔で楽しく過ごせるようになりました。かならず誰かがあなたの思い出話をするのですが、悲しみ一色ではなくなりました。

 Hは初めてのお給料で、私に焼酎と、それを入れて呑む伊賀焼の器を買ってくれました。ずいぶん悩んだらしいですが、それに決めたそうです。おかしいですね。まるで父親に贈るプレゼントのようです。両親を一人でやっているので、それでいいのかもしれません。お義母さん、お義姉さんや私の兄弟、そしてKにもそれぞれに贈り物をしました。あの子も社会人になったのですね。

 ところで、あなたは家で焼酎をまったく呑みませんでしたね。学生時代に安くてマズい焼酎をよく呑んだので、おいしくないものという印象があったのでしょうか。ウィスキーやワイン党でした。一人になって、私は焼酎党になりました。適量なら体にいいようです。大いに楽しもうと思います。

 楽しい事といえば、この先、私には楽しいことなど何もないと思っていましたが、近頃、いろいろな楽しみを発見しています。あなた任せだった庭も積極的に綺麗にしようと努めています。とても楽しいです。あなたが抜いて捨てていた余分な草花の株を、ポットに入れて家の前に置いておくと、どなたかが持ち帰ってくださいます。うちの庭で咲いた植物の子孫が、よその庭で育つなんて素敵なことです。この春は、たくさんの花を植えました。昨今、花は種類がふえ、名前も難しくて大変です。人工的に改良して色や形を変えるのでしょうか、元のシンプルなものの方が、かえって新鮮に感じることがあります。

 庭に咲く花を、あなたのデジカメやケイタイで写すのですが、そうしているうちに、もっとキレイに写したくて一眼レフが欲しくなりました。それでインターネットで調べて機種を決め、「価格ドットコム」で一番値引きの多い店で注文しました。あなたが大切にしていたフィルムカメラが Canon なので、何となく Canon に決めました。Canon はレンズがフィルムカメラとデジカメの両方のタイプのカメラに使えると注文後に知り、この選択で良かったのだと思いました。

 カメラだけでなく、私はあなたのように、いろいろなモノが欲しいと思うようになりました。たとえば大容量の外付けHD、CDタイトルプリンター、高圧洗浄機、かさばるオーディオセットを処分してしまったので、コンパクトなセット、レコードが大量に出てきたのでレコードプレイヤー。そのほか庭に置くアーチ型の門、フラワースタンド、ネコが引っ掻いても破れない網戸 etc... 。今まで私の欲しいモノといえば本やCDくらいで、このようなものが欲しいと思ったことはありませんでした。私はあなたのように、家電の量販店やホームセンターのチラシばかり、目を皿のようにして見ています。せっかくモノ減らしを頑張っているのにこんなふうです。要らないモノを処分して、必要なモノを吟味して買うという方向でいきたいと思います。

 話は変わりますが、新しいお友達ができました。「愛別離苦」から来られた方です。ご主人様を亡くされてまだ日が浅く、悲しみにくれておられます。昨晩その方と三時間ほども電話で話しました。途中、何度か涙に声をつまらせながら、一生懸命にご主人様のことを語られました。私たちと同じ年数を共に過ごされ、楽しい思い出がたくさんあると話されました。悲しみと闘っている彼女にどんな言葉を出せばいいのかと胸が痛くなりました。あまりにも共に過ごした時間が長くて、この先ひとりでどんなふうに生きていけばいいか分からないという彼女に、「思い出だけで、生きていけますよ」と私は言いました。それは彼女と同じ悲しみを経て現在に至った私の素直な気持ちでした。

 その方は「愛別離苦」に出会って、貪るように読まれたということです。私が書いていることの多くの部分に共感され、彼女の気持ちを本当に理解できるのは、同じ経験を持つ私だと思われたとか。メールをいただき、それからやりとりが始まりましたが、キーを打っている間は悲しみから解放されると聞きました。本でもなく、周りの人でもなく、この人こそと私は選ばれたのだそうです。そこで私は先輩だといばることにしました。過去にも数名の方々とやりとりをし、私にとって先輩に当たる人もおられました。私は彼女たちが次第に明るくなり、前向きに生きていかれるのを羨ましくも頼もしくも思っていました。私を先輩と呼ぶその方も、三年ちかく月日が過ぎれば、いつかはあんなふうに前向きに生きられるようになるかもしれないと希望を抱かれたということです。私が希望を与えたと伝えてくださった彼女に感謝しています。

 あなたからはすべて見えていますね。このように先輩風を吹かせている私も、ここへ来るまでの道のりは大変なものでした。よく生きているものだと危かった頃のことを思い出します。もちろん悲しみが癒えることなどありません。けれども私はやっとこの頃、あなたの分まで生きないと、と思えるようになりました。楽しいことをたくさんして、人との出会いを大切にして、お迎えが来るまでこちらで生きてゆきます。

 今日は五月らしいお天気でした。“五月 この僕が帰るまばゆい五月”で始まる「思い出のバラ」という曲を、今年も口ずさんでいます。この曲はブレンダ・リーのために、なかにし礼が作詞したものだったのですね。


“忘れないで 忘れないで

 時は流れ過ぎても

 むせび泣いて むせび泣いて

 別れる君と僕のために”
なつかしいシングル盤のレコード

 「死」は別れではありません。生きている時よりも感情を浄化し、いっそう近い距離に居ると感じさせてくれるものだと知りました。
 先日、懐しい泉ヶ丘に行って来ましたが、やっぱり一緒に来ていましたね。お友達も何人か一緒でしたね。いつも傍に居てくれて、ありがとう。


2007年5月22日

前頁 次頁

INDEX