インドからの絵葉書

 やっと涼しくなりました。
 今日は庭の手入れをしていただき、気持ちよくなりました。どこからかキンモクセイが香り、赤トンボが遊びに来ました。日が短くなり、夜には虫たちの合唱が聞こえます。お元気でしたか。私は元気だったり、そうでなかったり。今は元気だからこうして書いています。
 先週、Hがまたインドへ行きました。二週間の予定だそうです。インドにはハマる人が多いと言いますが、あの子もどうやらそのようです。これで三度目の旅です。暑い8月を毎日アルバイトに費やし、学生時代最後の旅だと出かけました。今日、絵葉書が届きました。あの子には内緒で、お見せしましょう。

 母上さま
 昨日(13日)深夜、無事デリーに到着しました。ホテルは中々綺麗な所で、スタッフも親切です。今朝は生憎小雨がぱらついていますが、親切なインド人に助けられつつ、何とかやっています。今夕、Gayaへ向けて寝台列車に乗ります。体調はどうですか。お姉ちゃんやネコたちによろしく。           H

 あなたが居なくなってから、あの子は私のことをよく気にかけてくれるようになりました。旅をしていても、こうして必ず葉書をくれます。この葉書を投函してからだと思われますが、Hはネットカフェからメールもくれました。ガンジス川に沿ったベナレスという町からでした。パソコンが便利だと思うのはこんな時ですね。またネットカフェがあれば、生存確認のメールを送りますとありました。以前のあの子なら、決してこんなことはしなかったでしょう。
 出発の数日前にはアパートから家に帰ってきました。けれども洗っておいてやったリュックを持って早々に雨の日に戻って行きました。言葉には出さなくても、あの子も私も、もしかしたらこれが最後になるかもしれない、人生には何が起こるかわからない、悔いを残さないように、きちんと挨拶をしておかなければと考えるようになりました。私たちが辛く悲しい経験をして学んだことです。そうそう、報告が遅れましたが、夏の初めにあの子は就職が決まりました。外資系の薬品会社です。会社選びもあなたのことが少なからず影響していたようですね。
 Hはホームページもよく見てくれているらしいのです。私の様子がよく分かるからだということですが、ちょっと恥ずかしいですね。誰でもそうでしょうが、自己表現の場では家族に対するのとは異なる部分も出ていますから、何となく気恥ずかしいのでしょうね。けれども最近の人は「何でもアリ」、親が何をやっていようが、「いいんじゃない」(大阪弁では「ええんちゃう」)とサバけているようです。特にあの子はその様です。だからでしょうが、お友達も見てくれているらしいのです。
 話をインドに戻します。Hの最初のインド訪問の最中に、あなたは急逝しました。旅行中のHに知らせるかどうか迷った上、やめました。その旅というのは個人旅行ではなく、研究室の指導教授をはじめ各大学の先生たちの研究旅行で、あの子は特別に参加させていただいていたのでした。旅程を見てみると南インドの不便そうな所に居り、すぐに帰れるのかどうかも判りませんでした。それで私は連絡しないという選択をしたのです。
 しかしHは、私たちが大変な時に何も知らずに呑気に旅をしていたと、今でも心を痛めているようです。それを知って、Hがそんな思いを持つことまでは考えが及ばず、すぐに連絡すればよかったのかなとも思いました。けれども私の心には一つの信じていることがありました。それは、「生きている者を第一に」ということです。訃報に慌しく日本へ戻ったとしてあなたは息を吹き返さないのです。生きている人たちのことを考えての私の判断は正しかったと思います。それはまた、あなたの思いも考えての判断でした。あなたも旅を続けさせてやりたいと思ったことでしょう。
 インドから帰ると、いつもHはたくさんの写真を見せてくれます。ディスプレイに映し出されるガンジスの流れや遺跡の数々、インドの人々……。それらを見るとあの子がハマってしまうのが判るような気がします。私も一度は行ってみたいです。
 この絵葉書はヒンドゥー教の「ガネーシャ」と呼ばれる神です。顔面は長い鼻をつけた象で体は人間、肥満体の太鼓腹です。このガネーシャの乗り物は鼠です。象頭人身の神が鼠に乗るのは、どこかちぐはぐでユーモラスだと、ひろさちやさんが書いています。
 キンモクセイが香ると、久しぶりに外へ出てみたくなりました。岩湧寺にでも行ってこようかと思っています。

2006年9月19日

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