− 思うことなど −

 仏壇を買う

 ついに仏壇を注文した。
 仏壇を置くのはうんと先か、あるいは置かないでもいいと思っていたが、周囲の強い希望で購入することになった。
 新仏に仏壇を用意するのは本来は四十九日までにとされているが、できなかった。いや、しなかった。彼がその中に住むのだと認めたくなかったのだ。彼は彼岸の人であり、右近庵でなく仏壇が住居であるとまだ思いたくなかった。未だ私はおリンを叩いたり、手を合わせて拝むことに強い抵抗がある。私にとって彼という存在は空気や水であって、決して拝む対象ではなかったのだ。そう思っているかぎり、仏壇の購入は今後もないかもしれないと考えていたのだった。

 そんな私も最初は世間の慣習どおりに一応は置くものだとし、娘と仏壇を見に行った。皆さんは「現代仏壇」というのをご存知だろうか。その類の仏壇をギャラリーで初めて見た私と娘は驚嘆の声を何度もあげた。それらは仏壇というよりは、あたかもクロゼットか本棚などインテリアの一つと見まごうほど洒落ている。インテリアとして和洋の部屋や居間にしっくりとなじみそうである。モノ好き人間、特にお洒落なモノ大好き人間の彼にピッタリだと思って一時は購入を決めたのだった。
 しかし後日になって買うのを躊躇しはじめた。先に挙げた理由のほか、購入するのにストップをかけるものがあった。それは私の信仰心である。私の実家は浄土真宗であり、彼の家は禅宗の曹洞宗である。神戸に住む義母が先祖代々の仏壇を守っている。一般的な考えでは、当然のことながら私も曹洞宗を信じ、祀っていかねばならないのだろう。私は彼の棲家としての仏壇と考えていたが、先祖代々を祀ってゆく場所として捉えなければならないのだった。

 そのことに気づいたとたん重圧を感じた。仏様を招き入れ、先祖代々を祀ってゆくことは良いことである。けれども私にはまだ信仰心が希薄で心の準備ができていないと思えるのだ。家の中で仏様を今後ずっとお世話し、守ることが自分にできるのだろうかと考え込んでしまう。難しく考えることはないのかもしれないが、生半可な気持ちでは仏様やご先祖様をお招きすることはできない。その結果、私には時期尚早と判断し、一旦は仏壇購入を見合わせることにした。
 それで私はまず「仏壇らしくない仏壇」とカタログにある写真立てのような簡素なものを購入し、四十九日を迎えた。位牌や仏具もお洒落なもので統一し、花を飾った。そんな簡易仏壇に彼がいることで、手を合わせて拝む存在ではなく、ただの写真立てだとし、まだ生きているような感触を残そうとしていたのかもしれない。だが、義母や義姉はその仏壇を貧相に思い彼がみじめに思えるのか、どんなに小さくてもいいから仏壇をと切望した。私は折れざるをえなくなった。
 ふたたびカタログを開いて吟味した。いつも一緒にいたいからリビングに置きたい。並んで野球や映画を観たいからソファの横に置こう。私のことを見守っていてほしいから、置く場所はリビング以外に考えられないが、そこは来客があれば応接する場である。威圧感を与えず、「あ、仏壇だったんだ」と思わせるようなものにしたい。お骨箱もずっとそばに置いておきたいから、下に収納できるタイプがいい。それらの点を考慮に入れて的を絞って購入する仏壇を決め、ギャラリーに注文の電話をした。

 話は横道へそれるが、現代仏壇というのは本当にスゴい。そのメーカーのものはイタリアの職人さんが手作りで丹念に造っているのだという。仏具も従来のものとはほど遠く、洗練されている。木製クラフトのリン台、リン棒、高杯、線香さし。位牌のデザインも豊富で迷ってしまう。花立、香炉、火立、仏飯器、茶湯器の五具足も、ヴェネチアンガラス、ボヘミアンガラス、メタリックなもののほか、日本古来の焼物や漆宝のシリーズもあり驚くばかりであった。
 Hiroshi という人は、自他ともに認めるモノ大好き人間であった。新しいもの、美しいもの、便利なもの、お洒落なものには目がなかった。何かを見て彼が発する誉め言葉は、いつも「うん。お洒落!」であった。彼は私が一人で決めた仏壇・仏具一式にその言葉を発して満足してくれるだろうか。

 いよいよ仏様とご先祖様をお迎えし、彼もそこに棲むことになった。仏壇は11月3日に運ばれてくる。それは彼が旅立ってちょうど三ヶ月めの日にあたる。百か日も近い。
(10月 記)
 
平成道行考「ひとり言」より

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